GPU への投資がレンダリング速度の向上に直結~

ポリゴン・ピクチュアズに聞く

GPU レンダラ「Redshift」の実績とは

株式会社ポリゴン・ピクチュアズ

プロジェクト推進部

CGスーパーバイザー

長崎 高士氏 (写真左)

株式会社ポリゴン・ピクチュアズ

ライト&コンポジット グループ

スーパーバイザー

田森 敦 氏 (写真右)

社内で初めて本格的に

GPUレンダラ採用

「GPU レンダラの Redshift でなければ、これだけの成果を短期間で実現することは不可能でした。GPU レンダラを初めて本格採用することで、社内でも議論がありましたが、結果的に採用してよかったと思っています。」

 

ポリゴン・ピクチュアズ(以下 PPI)のプロジェクト推進部所属で CG スーパーバイザーもつとめる長崎高士氏は開口一番、このように語った。

 

2015年後半にPPI では海外から大型のプロジェクトが立ち上がった。グローバル・イルミネーション(GI)を多用したフル HD の シリーズ制作という案件だった。

 

限られたレンダリングリソースとプロジェクトのスケジュールから試算した結果、レンダリングにかけられる平均時間は 1 フレームあたり 15 分程度しかないことがわかった。それまで主力で使っていた CPU レンダラでは、どれだけ Maya のシーンデータを最適化しても、1 フレームあたり 30~50 分はかかる。既存のCPUレンダラーでプロジェクトを進めた場合、かなりのレンダーリソースが追加で必要になることがわかった。

 

ライティング&コンポジティンググループでスーパーバイザーを務める田森敦氏がレンダラーの選定に悩んでいたところ、スタッフからアイデアがあがった。

 

GPU レンダラのRedshift を使えば、格段にレンダリング速度が向上するというのだ。

 

早速R&D チームとともに検証を開始したところ、その結果に目を見張ることになった。

 

ハードウェアのスペックにもよるが、達成したいクオリティラインで比較したところ、一般的な CPU レンダラーに比べおよそ10 倍の速度でレンダリングができた。

 

「プレビュー画面に驚愕しました。なんでこんなに速いんだろうって」(田森氏)

△プロジェクトのライティング工程は 2 チームが同時並行で行われた。求められるスケジュールから 1 チームあたり、1 エピソードを 6 週間でこなすスケジュールが組まれた。

△1 フレームあたりの平均レンダリング時間の想定は 15 分。これに対して CPU レンダラでは最低でも 30-50 分かかることが想定された。

△ディスパッチャーのログからの実績レポート。棒グラフがショットのフレーム数で、折れ線グラフがフレームあたりの平均レンダリング時間。多少の振れ幅はあるが、概ね平均 15 分以内で収まっていることがわかる。

田森氏がこだわったのが 3D モーションブラーの活用だ。通常のモーションブラーと異なり、3D モーションブラーではカメラが回転したり、キャラクターの腕と胴体が重なったりした場合でも、綺麗にモーションブラーがかけられる。もっとも、その分だけレンダリング時間がかかることは避けられない。しかし、Redshift を使えば3D モーションブラーをかけた状況でも 15 分以内に処理が終了することがわかった。

 

他にもさまざまなストレステストが行われ、無事にパスしていった。同社のレンダリングファームを構成するワークステーションが、タイミング良く入れ替えになったことも、導入を後押しした。主力マシンの GPU が nVIDIA Quadro K4000 から Quadoro M4000 にステップアップし、GPU レンダラでの作業に向いた構成になったのだ。後述するが GPU レンダラでは GPU の性能に作業時間が大きく依存する。当初、心配された発熱や消費電力も、CPU レンダラと遜色ない範囲で収まることがわかった。

△PPI と SAPPI(Silver Ant PPI Sdn. Bhd.、マレーシアに設立された現地企業との合弁会社)のレンダリングファームで使用されているハードウェア構成。SAPPI では『シドニアの騎士』『亜人』など、同社の多くの作品でライティングを担当している。

△PPI のレンダーファーム。現在はオンプレミスでサーバが構築されているが、将来的にクラウドサーバに移行する予定だ。

Redshift をレンダラに採用するうえで、社内ワークフローとの統合も課題だった。

 

「Maya とのインテグレーションは簡単でした。一方で Maya のテクスチャシーンデータを Redshift 固有のデータフォーマットに変換する必要があったので、弊社のR&D スタッフにテクスチャのデータ変換を、アセットパブリッシュ時に自動実行するようにパイプラインに組み込んでもらいました。レンダリング時に都度変換していると、無駄に時間がかかってしまいますが、事前に変換しておくことで作業が効率化できました」(田森氏)。

△PPI と SAPPI の間ではインハウスのPPI DataShareというシステムを用いてデータのやりとりが行われている。

SAPPI 側でアーティストがレンダリング用のシーンデータを Publish するだけで、PPIに自動的にデータが届き、PPI のレンダーファームに自動でSubmitされ、レンダリングが行われた後、Footage が SAPPI 側に自動的に転送される仕組みも活用された。ショットの長さや内容にもよるが、おおむね 6~24 時間でレンダリングされたデータが転送可能だったという。

 

GPU の性能とレンダリング速度が直結

長崎氏と田森氏は本プロジェクトを振り返って、「レンダリング時間が GPU 性能に大きく依存することに、あらためて驚かされた」と語る。通常 CPU レンダラでは、CPU の世代が新しくなっても、レンダリング速度が劇的に向上することはない。

 

しかし Redshift では GPU 性能、特に CUDA Core の数に比例してレンダリング速度が改善されていったという。

 

田森氏は「CPU レンダラを使う時は CPU の性能を確認するはず。同様に Redshift でもGPUのスペックや消費電力を確認し、最適な GPU を選択していくことが大切です。」と語る。

△RedshiftはQuadroに限らずGeForceでも問題なくレンダリング可能であり、GeForceのほうが圧倒的にコストパフォーマンスも高い。また CUDA Core 数が2倍になれば、それにほぼ比例してレンダリング速度も約 2 倍となる。あくまで PPI での検証結果である点に注意は必要だが、このパフォーマンススケールは驚異的だ。

△Quadro M6000 を 8 基搭載したモンスターマシン、VCA(ビジュアルコンピューティングアプライアンス)。Quadro M4000 を 1 基搭載したマシンとレンダリング速度を比較したところ、ほぼ 8 倍の速度差が出た。複数GPUを搭載したマシンでも、きちんとパフォーマンスがスケールする。Redshift のライセンスフィーはマシン 1 台あたりで、GPU の数には寄らないため、1台のマシンに複数のGPUを搭載したほうが、ライセンスコスト的に経済的である。

 

もっとも、GPU レンダラならではの課題もある。レンダリング処理が VRAM 上のデータで行われるため、ジオメトリとテクスチャを展開できるだけの、十分な VRAM を確保すること重要だ。VRAM が不足すると Out-of-Core 状態となり、これらのデータがメインメモリ上に展開される。レンダリングができなくなることはないが、VRAM とメインメモリの間でデータの入替えを頻繁に行いながらレンダリングを実行することになるため、パフォーマンスの低下が大きい。

 

「Redshift FeedbackDisplay で常に状況を確認してみてください」(田森氏)

 

実際、VRAMとの間の転送量が 1 テラバイト近くに達したことがあり、慌てたという。

原因となったのが、MAX Subdivision のパラメータだ。「デフォルトで『6』になっていたため、2 から 3 程度に減らしました」(長崎氏)。他にも細かい設定が多く、細部まで詰められるのが Redshift の特徴だ。

△ジオメトリとテクスチャの VRAM 利用状況は Feedback Display で確認できる。Out-of-core にならないように注意が必要だ。

また、バージョンアップについても注意が必要だという。Redshift の特徴として、毎週のように行われるバージョンアップがある。特にバグフィックスについては意欲的で、最優先で対応されるポリシーがあるという。ただし、時にはバージョンアップで別のバグが発生する場合もある。実際にプロジェクト中に特定のレンダリング結果が異なる事態が発生したことがあった。そのためアップデート時には入念なテストを行うことが重要だと言う。

△機能追加やバグフィックスが新たなバグを産むこともある。本プロジェクトでも途中で 3 回の

バージョン更新が行われた。時にはエピソード単位でバージョンを区切るなどの対応も行われた。

 

米ブリザード・エンタテインメントでも採用

もっとも、Redshift も幾多のバージョンアップを経て、現在では基本性能が固まってきた。田森氏は「これから導入するのであれば、大きな問題はないだろう」という。サポート体制も充実しており、専用フォーラムやメールで要望などを投げると、24時間以内には返答が来るという。言語は英語になるが、外国人比率が高い PPI では大きな問題にならなかった.

(注:ボーンデジタルでは日本語でのメールサポートも対応している)。

 

GPU レンダラが群雄割拠する中で、頭ひとつ抜けた感じのある Redshift。長崎氏は

「当初は不安な面もありましたが、ゲーム『オーバーウォッチ』のショートムービーで採用されたのを見て、安心すると共に驚かされました」と語った。GPU レンダラのアキレス腱は VRAM の容量にデータが制限されてしまうこと。しかし、公開された映像を見る限り、そうした心配は杞憂というわけだ。「ブリザード・エンタテインメントで採用されているのであれば、我々の選択も間違ってはいなかったのだろう。そう勇気づけられました(笑)」(長崎氏)

 

特に今回 PPI の社内検証で明らかになった GPU 性能との依存性の高さは、多くのCG スタジオにとっても参考になるのではないだろうか。実際、2~3 世代前の GPUでも Maya や 3dsMax が普通に動作するとあって、日常作業する上で CG アーティストが GPU について気にかけることが少ないのが現状だ。しかし、GPU レンダラである Redshift では、GPU への投資がレンダリング速度となって、きちんと還元されるといえそうだ。大きな選択肢の一つになるだろう。

取材協力:

株式会社ボリゴンピクチュアズ

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